学校の沿革 

光陵高校の沿革

本校は、将来は横浜国立大学教育学部(現教育人間科学部)附属高等学校にするという意図のもとに、神奈川県立横浜立野高等学校山手分校として発足しました。その後、国立大学附属高校としてではなく、県立光陵高等学校として独立し、現在に至っています。昭和41年(1966)創立。横浜の中心部にあり、国道1号線と東海道線にはさまれた交通要所にありながら、周辺は閑静な住宅地で、小中学校や養護学校も並ぶ、学習に適した環境に恵まれています。

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 昭和41年1月1日

 昭和41年4月5日
 昭和41年4月6日
 昭和42年4月4日
 昭和43年3月26日
 昭和43年4月1日
 昭和45年4月20日
 昭和46年2月24日
 昭和46年2月25日
 昭和46年3月11日
 
 昭和46年3月30日
 昭和46年9月23日
 昭和47年9月10日
 昭和48年9月1日
 昭和48年9月29日
 昭和48年11月10日
 昭和51年11月4日
 昭和52年9月1日
 昭和54年9月1日
 昭和58年9月1日
 昭和61年4月19日
 昭和62年4月1日
 平成元年4月1日
 平成4年4月1日
 平成5年4月1日
 平成8年4月1日
 平成8年10月7日
 平成10年4月1日
 平成13年4月1日
 平成16年4月1日
 平成18年4月1日
 平成18年6月20日
 平成19年4月
 平成20年4月1日
 平成21年4月
 平成24年4月

 平成25年4月1日
 平成26年4月1日
 平成27年4月
 平成29年4月1日

 ・県立横浜立野高校に山手分校設置。
  所在地は横浜市中区立野64番地。
 ・第一回入学式を横浜国大附属横浜小中学校講堂にて挙行。
 ・県立横浜立野高校の校舎を一部借用して授業開始。
 ・県立横浜立野高校移転に伴い校舎全面使用。
 ・条例により県立光陵高等学校と校名変更。
 ・初代、原田賢三校長発令。
 ・新校舎起工式。この日を開校記念日とする。
 ・体育館兼講堂、格闘技場着工。
 ・第一期工事完成。
 ・新校舎に移転。所在地は、横浜市保土ケ谷区権太坂一丁目7番1号。
  
 ・運動場整地工事完成。
 ・体育館兼講堂、格闘技場完成。
 ・第二期工事完成。
 ・第2代、佐藤文哉校長着任。
 ・クラブ棟、プール工事完成。
 ・落成式挙行。
 ・10周年記念講演。外山滋比古氏。
 ・第3代、志村光比古校長着任。
 ・第4代、川畑満寿雄校長着任。
 ・第5代、石渡英雄校長着任。
 ・20周年記念講演。原田賢三氏。
 ・第6代、寺屋典男校長着任。
 ・第7代、安田和正校長着任。
 ・第8代、小堺洋校長着任。
 ・第9代、有泉晃校長着任。
 ・第10代、田村應和校長着任。
 ・30周年記念式典。
 ・第11代、村山福喜校長着任。
 ・第12代、石渡哲男校長着任。
 ・第13代、田邊克彦校長着任。
 ・第14代、柴田哲校長着任。
 ・40周年記念式典。
 ・神奈川県より学力向上進学重点校に指定。
 ・第15代、鈴木俊裕校長着任。
 ・横浜国立大学及び附属横浜中学校との中・高・大連携開始。
 ・附属横浜中学校より連携募集による生徒受け入れ開始。
 ・文部科学省より研究開発学校に指定。(平成24〜26年度)
 ・第16代、伊藤眞人校長着任
 ・第17代、小田貞宏校長着任
 ・文部科学省から研究開発学校 継続指定(平成27年度)
 ・第18代、松本哲校長着任
                   ・・・現在に至る。

                       
 

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